2015年 山行記録

今晩は!!
今年も、残すところ一週間と少し
何かと世話しない師走で
ブログレポも滞りがち
そして、リコメ・訪問もタイムリーでなく申訳ないです。

10日前の12月13日に
ひらさん、booさんのお誘いで
今年のブロ友ニューフェースtanmaさんと一緒に
外秩父七峰を歩いてきました。
・・・・いや、正確には途中撤退してしまいました。
皆さんのアップ記事
ひらさん
booさん
tanmaさん
  2015/12/13 外秩父七峰縦走 前編


歩いたコース↓
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そして、今回はブログでの山行レポでなくヤマレコで
記載しましたので↓を訪問くださいませ。
敗退事情もアップされております。
ひらさん、booさん、tanmaさん 
助かりました^^
ありがとうございます。


でも、皆さん満足な顔で
小川町駅でお別れしましたが
どなたか、リベンジの思いを胸にたぎらせています。
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赤岩通りから麓に下り、
後半戦は、岩櫃城本丸の後方の岩峰密岩通りからの登りです。

最近、YOUTUBEで1985年に放映された
「真田太平記」を観ているのですが、そのドラマでも
この岩櫃城と後方の岩峰のシーンがでています。
幸村の草刈正雄、信幸の渡瀬恒彦もいいですが
丹波哲郎の真田昌幸・・キャラが濃いですね。
(私の中ではGメン75のイメージが強いんですが)
ちなみに来年の大河「真田丸」では
昌幸役は、草刈正雄なんだって~丹波哲郎を超えられるか?!
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さて、現在の岩櫃山は
民家の後方に広がる岩山。どこから登るのか、全く検討がつきません。
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よくよく、眺めると山頂には人影も見えます。
(右稜線先が頂上部)
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麓の集落の細道を登山口に向けて進みます。
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 密岩登山口           am12:20  

密岩登山口から植林地帯をぬけると
岩稜鞍部まで急斜面を九十九折れ道で進みます。
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後半は、落ち葉で登山道も覆われ足元が滑ります。
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そして、鞍部からは
今日の核心部、岩稜稜線を岩櫃山山頂にむけて進みます。
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鞍部から木の根っこがはった急斜面をのぼると
天狗の架け橋と迂回路の道標
ここは、迷わず「天狗の架け橋」に進む。
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この架け橋、先行の相方は風の様に走り去ってしまいましたが
両側面はスパッと切り立った崖となっており、
思わず躊躇してしまいます。
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後続のtanmaさん、余裕のポーズ。
良くみると架け橋というだけあって
ナイフリッジの狭稜線は風穴になっているんですね。
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天狗の架け橋の先には
岩壁を鎖で登りますが足元はしっかりしています。

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鎖場を登り切ると
目指す山頂部がみえてきました。
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落葉した灌木帯を歩き進み、少し下りた場所に
山頂部と鷹の巣遺跡への案内標が設置されています。
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時間的にも余裕がありそうなので
少し寄り道をしてみることに。

登山道から外れて少し下り岩稜を南側に大きく迂回すると
垂直に切り立った岩壁に
幾つもの大きなえぐられた様な穴が異様な風景があらわれた。
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鷹の巣なのかな??何て会話していたのですが
調べてみると
この地から人骨のはいった壺や甕などの土器等が
出土したそうで弥生時代の墓だとのことでした。
そう言えば、岩櫃山の「びつ」とは、遺体をいれる櫃の意味も
もっていますね。

登山道に戻り、頂上を再び目指します。

この岩櫃山は、古代海底火山の隆起によって出来たものだと
言われており、妙義山の様な風食でしょうか風穴通過も
このルートの面白いところ。
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風穴を抜けると再び鎖場と梯子。
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梯子を登ると岩稜線の南側に廻りこみます。
安全柵が備えられていますが
急峻な岩壁に狭いテラス状のルートが続きます。
この辺りから立ち止まる程に風が強くなってきました。
風で飛ばされない様に・・帽子が・・
(相方、帽子を懐にしまいこみます。
これより、髪乱れていますがご容赦を)
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岩壁を大きく廻りこむと
山頂へと続く長い鎖場。
岩は少し滑りやすく、そして
先ほどの強風が吹き付けており
風の弱くなる間をねらいながら登り進みます。
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 岩櫃山山頂           pm 1:05  
山頂は狭い広場に山頂部の岩(人は登れます)でなっており
360°視界が開けた展望スポットです。
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本白根山あたりだろうか?
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妙義山の刃こぼれシルエットは遠くからでも
山座同定に苦労しない。
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子持山と赤城山方面
この日、ブロ友momo隊は地蔵岳に。
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tanmaさん、実は赤城山を予定していたのですが
強風の予報で、こうち隊に合流。
でも、この岩峰のアトラクションと眺望に満足してくれたかな。
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朝方には白い山容をみせてくれた浅間山は雲の中に。
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そして、この後に向かう上越国境方面は・・・
予報通りに荒れたお天気です。
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さて、強風にさらされた山頂から
身体も冷えきったので撤退です。

鎖場をおりて次の岩峰(9合目)まではヤセ尾根を通過しますが
安全用に張られた心細い黄色テープの風で吹かれた様子から
この日の風の強さがよくわかると思います。
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9合目の岩峰には梯子でのぼりますが
その梯子の傍に風避けができるテラスに3名の登山者がお食事中。
お昼をどこで食べるか・・とりあえず登ってみる。

先ほどまでいた岩櫃山の山頂部の全容をみることができますが
急峻な岩場の長い鎖場・・こちらから観ている方が恐怖感感じます。
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結局、この9合目頂上部は風が思ったほど強くなく
ここで軽くお握りを食べて下山することに。
何しろ、夕食には忘年会の御馳走がまってますからね。

さあ、ここからは下山ルートです。
ルートは朝の尾根通りと並行して配置されている沢通りを使用します。
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沢・・・といっても大きな巨岩の隙間を通り抜けるルート。
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こんな巨岩の切れ間の通過であったり
こちらのルートも面白そうで
このルートから山頂を目指している登山者とすれ違うことも度々。
このルートであれば手軽に岩櫃山山頂には短時間でアクセスできそうですね。
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 櫃の口           pm1:52  
朝の尾根通りルートとの分岐ポイント。
尾根ルートは右に曲がり尾根沿いを進みます。
我々は谷におりていきます。
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沢通りといっても、涸れ沢なので
苔むした大きな石にところどころ落ち葉で埋まっていたり
歩きつらいルート。
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本丸への分岐ポイント(右)
私達は直接に登山口(左)に下りていきます。
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昔は段々畑だったような植林地帯をぬけて
一本登山口に戻ってきました。
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 一本松登山口           pm2:05  
ちょっとしたトラブルもありましたが
3時間若の歴史ある山城山行
このルートの道や岩場を
真田親子も歩いたと勝手な想像をしながらの山歩きでした。
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年明けの大河「真田丸」楽しみです。

そうそう、真田丸配役で
真田太平記で渡瀬恒彦が演じた幸村の兄役の信幸を
大泉洋がキャスティングされています。
少し・・・かなり、イメージ違いますが
三谷マジックで、どうなるのでしょうか。


さて、山からおりた
tanmaさん、こうち隊も忘年会会場に向かいます。
水上に向かう車中の先には、厚い雪雲に閉ざされた上越国境の山々。
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さあ、宴の開始だ!!














今週4日程、海外出張に出かけていたため記事アップが
毎度の様に遅れております。師走ということで何やら忙しさに
託けて、言い訳ばかりのこの頃です。
それでは一週間前の山行レポです。

毎年12月第一週目週末は
恒例のブロ友登山隊メンバーによる忘年会。
今年は谷川岳麓の水上温泉が会場だ。
土合の駅より直ぐの場所ともあり
お天気良ければ雪の谷川岳或いは白毛門で
今年の雪山シーズン開始としたかったところ・・・
残念ながら日本列島は冬型気圧配置に
南関東は晴天なれど北関東には厚い雪雲と強風の予報。

それならば・・と、
最近通勤で読んでいる「真田三代」火坂雅志著。
この小説で登場する
真田氏が上州進出の拠点とした岩櫃城を是非にみてみたい。
そして、難攻不落といわれた西面に広がる岩峰も興味深々。
というところで、
この秋になって復活した山城シリーズ「岩櫃山」に決定した。

そして、今回は
最近よく一緒に登っているtanmaさんも同行です。

tanmaさんレポアップされています。

今日のルートは、この通りですが・・・・
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こちらが分かりやすいかも(拡大可)。
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山行直前で調べたヤマレコ記事で一本松登山口から
尾根通り・赤岩通りで山の南麓におりて
密岩登山口から密岩通り
そして岩稜帯から岩櫃山山頂に。
帰りは沢通りで一本松登山口に戻ります。

一本松登山口駐車場には二つのPAが備えられています。
登山口近くの第一駐車場には7台ほど
そこから少しおりたところの第二駐車場には
50台は駐車できる広いPAがあります。
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予定集合時間10時30分に若干遅れて到着。
tanmaさん、早めの行動で1時間以上待たせてしまいました。

第二駐車場から少し登り歩くと
トイレと第一駐車場
来年の大河ドラマの舞台でもあり
トイレの中は凄く綺麗だったとのこと(tanmaさん談)。
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 一本松登山口  登山開始           am10:50  

登山口近くの休憩所でガイドマップを入手し
まずは岩櫃城本丸を目指します。
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登山ルートは↓。
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相方は奈良倉山から一週間ぶりの山なのに
登り始めて・・・
考えてみると先週山に登っていたんだよね
一週間ぶりって感じがしないんだけど・・と。
そうなんです。
先週は山の登ったというより最初から最後まで
喋りとおした記憶しかないでしょう!!

まあ、そんな相方もtanmaさんとは
初めての山歩きでもあり新鮮な気持ちでのスタートだったんでしょう。

取付きは植林地の整備された散策路を登っていきます。
すると、暫くして、明らかに空堀と分かる場所を通過し
少し登ると草が鬱蒼とした開けた場所にでる。
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中城跡と書かれた標柱が建っていた。
ここが、この城で最も広いく曲輪で
城主の居館があったとされている。
真田太平記で幸村の父、
真田昌幸が諸国に放った忍びのものと語り合った
「地炉ノ間」と称する板敷の間は、この場所にあったとのこと。
池波正太郎の小説では、ここから先ほどの空堀近くに
草のものの小屋も地下通路でつながっていたとか・・・
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その昔を想像することもできない程の唯の藪と化しています。

中城跡を大きく廻りこむと
山頂部にむかう直登道がつづく。
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一汗かきながら登り進むと二の丸(右手)
そこを左手の坂道を進むと
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東屋の建った広場にでる。
ここが本丸跡です。
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 本丸跡        am11:00  
登山口から歩いて20分程で本丸址に到着です。
山城といっても、こちら側からは簡単なアクセスです。
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いささか肩透かしの様な山城なんですが
関東三名城の一つなんです。
ちなみに・・織田軍に敗れた武田勝頼に
真田昌幸は、この岩櫃城へ逃避を進めたが
同じく関東三名城の岩殿城に変更し
結局、小山田氏の裏切りにて天目山にて自刃。

この時、岩櫃山に逃れていれば
この数か月後に織田信長は本能寺で亡くなっており
武田家も滅びずにすんだかもね。
歴史は、また変わったのではといわれています。
歴史のタラレバは色々ありますが、これもその一つですね。

そして、この岩櫃城を自然の要塞としている
西側山稜の険しい山々が今回の本番です。
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 天狗の鼻           am11:10  
落葉した広葉樹のヤセ尾根を進みます。
そして、大きな角の様な岩が行く手を阻みます。
天狗の鼻というよりも、烏天狗のくちばしの様にも見えます。
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そして、ここからが岩場の連続です。
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↑ 一見するとルートわかりませんが
足場もしっかりしているので問題無しです。

この岩場を登り切ると
榛名山が一望できます。
こちらからの角度で榛名山を眺めるのは初めて。
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ここでちょっとしたトラブル。
岩場から、この展望ポイントまで登ろうとしていたとき
tanmaさんのサーモスが谷に落ちてしまうトラブル。
カンコン・・キン と良い音がして気が付いた訳ですが
tanmaさん、最初は危険で取りにいくのを諦めようとして
いたのですが
相方が・・・勿体ない。下りれるよ・・・
一声で(私も後押し)。
ザックをおいて
落ち葉の急坂を谷底に降りて無事に回収。
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このポイントから登山道は落ち葉で見えづらくなった
ルートを探しながらの山歩き。
途中、カールっぽくなった広い谷間をぬけていきます。
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落ち葉で全面覆い隠されており
この落ち葉が以外に滑るので要注意です。
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ここを登り進むと
東吾妻町を見通せる展望スポットに辿り着きます。
中央の山が子持山、その奥に赤城山。
岩櫃山麓を流れている吾妻川は
子持山南側を渋川に向かって流れます(右)。
そして子持山北側を抜ける街道が吾妻街道(真田街道)。
沼田から岩櫃・鳥居峠・砥石・上田をつなく上州と北信州を
つなぐ重要な街道となっています。
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↓これ、youtubeで拾った昔の地図。
これを見ると如何に岩櫃城が
重要な攻防の拠点であったことが分かる。
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戦国の時代にこの街道を往来していただろう真田軍の姿を
思い描きながら歩く山旅も良いもの。
そうそう、この街道は日本ロマチック街道。
そして沼田周辺ではトンカツ街道にもなっています。

 赤岩通り分岐        am11:34  
ここで岩櫃山山頂へ向かうルートと別れます。
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落ち葉の山道が続きますが
一時あった岩場もなくなり歩き易くなります。
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 赤岩通り下り口           am11:37  
そして、直ぐに麓へ下りるルートの分岐点。
左側は旧赤岩通りで遠回りです。
最近まで右の赤岩通りが通行止めとなっていた様ですが
今は赤岩通りから麓に下りることができます。
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そして、この下山路は等高線が詰まっており
嘘をつかない地図の通り
少しルンゼっぽい急坂(鎖有り)を下りていきます。
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岩稜地帯から高度をドンドン下げていきます。
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下りは相方の得意とするところ。
あっというまに距離が離れていく。
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この日、尾根コースでは登山者には合わなかったが
先ほどの赤岩通り分岐とこの下りで二人の登山者とあった。
二人とも、この赤岩通りを登ってきた様だ。

 道迷い箇所           am11:44-12:03  
さて、今回の反省ポイント。
快調に下山していた私達。
赤岩通り登りを示す指導標を
そのままに直進。
なにやらトラバース道も危なかしっくなり
・・でも、踏み跡もしっかりしている。
そのまま直進して前方の尾根筋にたどり着くと
途端にルートを見失う。
この尾根筋の谷越えの尾根には高巻きしていけそうで
木々にも赤いマークが表示されており
途中まで進んだものの・・・どうも、怪しい。
今回、ヤマレコのGPXデータは地図にプロットしていたのですが
トラックデータが粗く
調度、このポイントだけが抜けていた。
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先ほど会った二人の登山者が登れるルートでは絶対無い!!

ここは、潔く元の道標の位置までもどり
再び、ヨクヨク足元をみると
道標から折り返す形で下っていく道を発見。
おまけに鎖までついていたりして・・

このポイントを地図にすると、この様になっています。
間違ってルート選択した場所に道標が建っています。
ポイントは道標は下り方向まで示していないことです。
皆さん、道標には要注意です。
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そこからは、一般の安全な登山道。
途中で銀杏の落葉したイエローカーペットを通り抜けて
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 赤岩通り登山口           am12:09  
赤岩登山口に下りてきました。
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そこから暫く集落に向けてあるくと
山の展望が開けた先に
岩櫃山の全容が姿を現した!!
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後編に続く・・・











一気に寒波到来の日本列島
その週末の小春日和のお天気
秀麗富嶽十二景 5番山頂
奈良倉山に登ってきまた。


   1番山頂 雁ヶ腹摺山・姥子山
   2番山頂 牛奥ノ雁ケ腹摺山・小金沢山
   5番山頂 奈良倉山
   6番山頂 扇山
  7番山頂 百蔵山×
   8番山頂 岩殿山×◎・お伊勢山
  9番山頂 高畑山倉岳山△
 10番山頂 九鬼山△
 11番山頂 高川山◎
 12番山頂 本社ケ丸◎・清八山

今回のコース
11月はじめに登られたブロ友nobuさんのレポを
完全リピートの山行です。↓↓
nobuさんの紅葉山行との対比で景色を楽しんで下さい。

コースとコースタイム↓(拡大可)
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今回は相方の元同僚トカちゃんと一緒です。
朝7時にトカちゃんをピックアップし
想定以上に早めに小菅村 道の駅に到着
nobuさん情報の鶴峠向けバスは9:18に対し
約1時間前に到着してしまいました。
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グダグダと山支度とトイレをすまし
バス停となっている道の駅併設の
「小菅の湯」に移動
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久しぶりの再会とあって(5月の御前山以来?)
車中からの会話が途切れません。
中々、二人の会話に入れ込めない私です。
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ほぼ定刻の時間で村営バス到着!!
1人乗客下車し乗車したのは私達3人のみ。
バス・・貸し切り状態でした。
鶴峠までは100円です。
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約20分の乗車で鶴峠に到着。

 天神平  登山開始           am7:40  

鶴峠・・トイレはバス停下車し少しだけ上野原方面に下った場所に
駐車場に併設しています。
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ここから三頭山にはコースタイム2時間程で達します。
今日は、その反対側奈良倉山に登っていきます。

この峠で標高は800mを超えており
登山道は落葉の絨毯
カサ・カサと踏み音が心ごち良い
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このコースは
多摩川水系と相模川水系の分水嶺を登るルート。
左側斜面は針葉樹・多摩川斜面は広葉樹で覆われている
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その多摩川斜面からは落葉した枝の隙間から
雪を纏った奥秩父の山々が遠くにみえた。
先週後半からの寒波で漸く関東の山々も冬支度。
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そして、その稜線を東方に目をおっていくと
石尾根に雪もつまり白いベルトと化した雲取山が見えた。
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先週、景信山で雲取山の同定をしようとしたが
この白いベルトが分からず(降雪していないので)
冬が来ないと分かんないよねと
もろーさんと会話したのは1週間前

分水嶺から登山道は南側斜面にうつり
檜の植林地帯をぬけると展望ポイント
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三頭山から高尾まで連なる笹尾根
ここを歩いたのは既に昨年のこと。月日の経過は早いもの。
あ・・・次週から12月。更に年を重ねていきます。
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さて、ここまでのルートは比較的緩い坂道
落葉した広葉樹林帯に入ると
傾斜もきつく
更に落葉した葉が滑り
更に落ち葉の下の土が温かさでぬかるみはじめた。
でも、後方を歩いてくる二人には
会話に夢中で関係なさそう。
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急坂を登り切ると
踏み跡浅い・・・落葉道を歩く
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奈良倉山迂回ルート(松姫峠)と奈良倉山の分岐に
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一旦はヒノキ林の暗い道を進むが
直ぐに葉が落ちて裸になった林を進み
斜度が緩やかになった場所に広場が見えてきた。
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 奈良倉山           am10:45  
秀麗富嶽十二景 五番山頂
奈良倉山に到着。
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鶴峠から約1時間で秀麗富士を眺められます。
といっても、山頂部は展望がなく
少し南側の斜面が切り開かられていて
そこが展望スポットとなっている。
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この小春日和の晴天の中、
富士山の雪も5合目あたりまで伸びてきています。
今日、この日、富士山を中心した四方の山々
多くの登山者が、この姿を眺めているんだろうな。
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富士山、右手前の山はお馴染み三ツ峠山

そして、人気の秀麗富嶽
鶴峠から山頂までの間で親子連れ、グループ・・そして
奈良倉山にも先着で二組のグループが登っていた。
この富士大展望には大満足の様子
勿論、私達も・・。

15分程の休息の後に
松姫峠にむけて再始動。

緩やかな傾斜をおりきると
林道に出逢う。
松姫峠まで、この林道が延びている。
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道端には昨日か、
その一日前に降っただろうと思われる残り雪。
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林道は、唐松林の中に。松姫峠は前方にみえる小山の先にある。
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唐松林越しに大菩薩から連なる稜線がみえてきた。
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・・・お二人には
この景色が目に入っているのかしら。
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距離をおいて尾行する・・
でなくて、距離を置きながら
先行する・・図式です。

ときどき、熊もびっくりする様な大笑い(笑)
松姫峠手前の小ピークは
陽光かがやく林道を選択。
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そう、なにしろ
紅葉が終わると、スカスカの梢の隙間から
遠くの景色も良くみることができます。
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車道が現われました。
ここが松姫峠です。
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 松姫峠           am11:37  
この峠からは大菩薩から雁ヶ腹摺山まで
一望できます。
この一番左の雁ヶ腹摺山は
秀麗富嶽 一番山頂
これは、一番最後に残しておこうかなと。
その時は、大菩薩から縦走・・??
石丸峠から牛奥ノ雁が腹摺山間が未踏区間です。
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数分遅れで、後続のお二人が松姫峠に到着
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松姫峠・・
天目山で敗れた武田家
信玄の娘「松姫」は、塩山の向獄寺から
武州(現八王子)恩方まで、十数名の供と共に
まだ残雪残る3月に逃避行(これは事実)。

しかし、この松姫峠を通過したかどうかは不明なんです。
この辺りは、↓の記事で・・・

峠にあるトイレの傍から
次なる目的地鶴寝山への取付きポイントです。
鶴寝山は・・・通過点で
牛の寝大菩薩峠への登山口となっています。
ここから正丸峠までつながっており、ほとんど平らな尾根道で
牛が寝ている背を歩く様で「牛の寝通り」と呼ばれているとのこと。
このルート、引出しの中に仕舞っておきます。
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名の通り緩い登り坂を上ると
前方に丸い山頂部がみえてきた。
鶴寝山です。
牛が寝たり、鶴が寝たり・・面白いですね。
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後続のお二人も
落ち葉の柔らかい登山道に絶口調の様です。
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 鶴寝山           am11:57-ランチ-12:40  

お昼直前に鶴寝山に到着。
山頂には、先の奈良倉山から先に出発したグループが
お昼の準備をしていた。
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こちらも、南側斜面の木々は切り払われており
山頂部に設けられたベンチが展望特等席。
先週と同様、奇跡的とは言いませんが
良い席を確保できました。
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初冬の陽射しも高くなり
冠雪した雪も光り輝いています。
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相方他、後続のグループの程なく到着し
山頂は一気に賑やかに。
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とかちゃん持参のランチもお裾分けして頂き
久しぶりの満腹感のお昼でした。

さて、時刻も一時近くになってきました。
それでは、小菅温泉に向けて下山を開始。

山頂から、少し歩いたところに大きな巨木

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柵も設けられており
簡単には上れそうにもないのに
とかちゃんが、相方を上れちゃうよと
煽りっぱなし。
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その先のルートは大菩薩峠に向けたルート
巨樹の道を選択。ここは左選択しても再びルートは合流します。
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残った雪が前日までの寒さをモノガッテいます。
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そして、このルートで目についた光景
倒木した木々に苔がつき茶色の世界に
アクセントの緑を残しておりました。
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 山沢入りのヌタ(小菅分岐)           pm1:08  

この分岐が非常に分かり辛いのですが
右側が小菅温泉に向かうルート
左側が大マテイ山を経由して
牛の寝通り、そして正丸峠につながります。
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この分岐からルートは
尾根道から北側斜面を
トラバースするルートに変わります。

そして、暫く歩くと
前方に大きな木が現れた。
これがトチノキの巨樹です。
相方達と比較すると大きさがわかると思います。
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更にトラバース道を進むと
林の向こうに御前山が見えてきた。
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このポイントから沢筋の急坂を下りていきます。
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そして高指山(左)と小菅温泉(右)との分岐
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ここからは暗い杉林の坂道で一気に標高をさげていく。

沢の幅を広くなると山葵田の段々畑。
この様な大規模なものは初めてみました。
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山葵田を通過し渡渉すると
林道終点に辿り着く。
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ここからは林道のてくてく歩きが30分程。
もう冬の陽射しです。3時前の時間帯でも
すでに谷筋は陽も閉ざされ寒かったです。
まだ、山の空は青空です。
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 小菅の湯           pm2:47  
小菅の村里におりてきました。
民家の柿の木は鈴なり状態。
皆さん、干し柿をつるさないのでしょうか?
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我が家、今年も相方実家から柿を送ってもらい
干し柿にトライしています。
今年の秋は暖かく干した柿が黴てしまったり
うまくつくれていないようですが
我が家の2015干し柿の出来は如何なことでしょう。

そして、小菅の湯に戻ってきました。
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足が疲れていれば
汗でも流して帰ろうと準備はしていましたが
自宅も近いので
今回は、「高尾の湯」で一風呂浴びることとしました。
何しろ、入浴料金はタダですもんね。


秀麗富嶽十二景
奈良倉山は、登山道も良く整備されており
特に道標も小菅村の管理がいきとどいていて
安心して山歩きをすることができました。

そして驚いたことに
道の駅 こすげ
奥多摩主要幹線道から外れているのにも関わらず
下山時も広い駐車場は8割方うまっており
賑やかな道の駅でした。
村起こしの中心地なんですね。
村営バスあったりして
応援したくなる村でした。

次回はお風呂入りの登山計画をつくってみようかと。


八王子城跡ネタでもう一つ

「北条五代」を大河ドラマ化しようと
小田原市が宣言しているとか。
もちろん、この推進自治体には八王子市も含まれております。
↓ 八王子城跡ガイダンス施設 幟旗
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今や、大河ドラマは地方の観光活性化に必須。
八王子も大河の表舞台に露出する日が来るか?!

そういえば八王子城攻め手の
前田利家・上杉景勝はドラマ化されてましたね。
そして、来年の大河主人公幸村の父、真田昌幸も
攻め手の一軍だったんですよ。



本編に戻ります。

八王子神社から再び高尾・陣馬縦走路にもどり
北高尾山稜ルートを進む。

一言で高尾といっても
観光地化している高尾山周辺部と
そこを起点に主脈である陣馬山までの奥高尾縦走ルート。
これまでも、何度か歩いている南高尾縦走ルート。
そして、今回の北高尾山稜ルートにわかれる。

最近では、高尾山口から周回で回れる利便性で
南高尾山稜も登山者が多く流れる様になってきたが
この北高尾山稜は健脚向きということで
登山者は少なめで静かな山歩きを楽しめます。

もろーさん、北アルプスにたとえると
高尾山が上高地で
陣馬までの奥高尾縦走路が
明神・徳澤・横尾の銀座通りなんじゃないかな・・なんて
そしたら
北高尾は・・新島々から徳本峠のルートかなんて
勝手な想像をしてしまう。

細かなピークを通過し
後方をふりかえると先ほどまでいた本丸を望める。
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このアップダウンの繰り返しで
次第に身体は汗ばんできた。
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詰の城に到着。
以前は天守閣跡と表記されていたと思うのだが
小高いピークは樹木に囲まれ小さな広場に
建物が建っていたとは思えない場所
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詰の城とは・・・一つの城の中で最終拠点となる 地域,
 複数の城で防衛地域を設定した場合,最終拠点となる城。

ということで、この場所が八王子城の最終拠点とのことですが
八王子城落城の際、城代の横地将監景信が、この北高尾山稜を経て
奥多摩に逃れており、
この城落ちルート最後の防衛拠点だったのではないかと思う。

一説には、この横地景信が
今の景信山経由で逃亡したことで景信山の名前の由来になったとか。
・・・ということは、本日の山行計画は
景信さんの逃避行ルートだったかも。

この詰の城のピークから
少し下ると
見事に尾根を切り通した堀切にでる。
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この大きさの巨石を切り通した土木工事は
大規模なものだったのでしょう。
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この切通しを左に巻いて
長い坂道を登っていくと「富士見台」に到着。
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前回も、この富士見台に来ているのですが
富士山を眺めた記憶もなく
今日も期待はしていなかったのですが
木々の隙間から白く雪化粧を纏った富士山が
そこにいた。
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すると、バスで一緒だったお二人さんに再会し
道標から少し尾根筋に展望ポイントがあることを
教えていただく。

ここにはテーブルやベンチもあり
少し休息することに。
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(8年前は、この尾根筋を旧甲州街道の荒井バス停に下山)

この三連休で唯一の青空にはえる富士の姿。
手前の稜線、左手の電波塔が小仏城山、そして
右に下った鞍部が小仏峠となる。
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再び、先ほどの道標ポイントにもどり
「堂所山を経て陣馬山へ」に従って
尾根道のアップダウンを進む。

このルートで最も傾斜がきついピークは
「高ドッケ」
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ドッケとは、尖った峰をさす言葉だそうですが

由来は・・・古代朝鮮系の言葉と言われている話とか
「突起」がなまった言葉で尖った地形に付けられた名前だとか。

この北高尾稜線上には、今日は通過しませんが
もう一つ黒ドッケが残っています。

前方にバスのお二人さんが歩いている姿が
確認できましたが・・その距離は
中々詰まりません。
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高ドッケからは降り道とばかり思っていたが
下写真前方の緩やかなピークを登るのは計算外。
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そして林道に出逢った場所が
板当峠となる。
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ここで休憩していた先行のお二人に追いつく
今日は堂所山まで歩いて
体力をみて、その先を考えるとのこと
お年を推察するに70歳前後とお見受けしましたが
歩き方に余裕のある良い山歩きをされていた。
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さて、私達は
ここから北高尾山稜ルートから外れて
小下沢まで一気に標高差200mを降ります。
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この急斜面は杉林の植林地帯
暗い植林地帯の隙間から
昨年2月の大雪に彷徨していた山がみえてきた。
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チェーンソーの音が聞こえてくると
小下沢は直ぐだ。
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小下沢の広場に到着
昔は、ここで野営できた様ですが
現在は休場となっています。

ここから景信山までは約400mの登り返しなので
ベンチにて小休憩して沢沿いの山道にはいった。
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これまでの稜線道とちがって
沢の水音
そして苔むした登山道を沢上流に登りつめていく
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ルートは沢がきれたあたりから
折り返しの急登に変わる。

あの雪の日に登った急坂も
今はヤブの中
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急坂で一気に標高を稼ぎ
遠くを眺めると
これまで登ってきた北高尾山稜を一望できる
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そして、小仏バス停からの合流ポイントからは
一気に銀座通りに登山道は変化
(このあたり、端折ります)

そして、茶屋下のトイレを通過し
木階段を登っていくと
おなじみの景信山
後方の山々は本日歩いた稜線
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これまで登ってきた稜線を眺めながら
ランチにしたくて
混雑も厭わず登ってきましたが
最高の展望です。
横地景信も同じルートを辿ったのでしょうか・・・
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そして奇跡的に
満席だと思われた
展望ポイントのテーブルが
私たちの到着と同タイミングで
ひとテーブル獲得できた幸運にも恵まれました。

さあ、この季節は
暖かい「なめこうどん」か「なめこじる」
しかし、この日は季節外れの気温の高さ
結局、缶ビールとなめこじるを購入したのは私のみでした(笑)

お茶屋さんの奥に、今日はご機嫌麗しい富士山の姿
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そして景信山の紅葉は
今がピーク。良い色付きです。
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温かい陽気の中
皆さん、思い思いに賑やかにテーブルを囲みながらの談話
皆さん、飲みすぎない様にね(笑)
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そして、もろーさんは
何やら古いガイドブックをとりだして
登山ルートの検証中。
tanmaさんも、もろーさんの本に興味深々のご様子ですね
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30分程のランチタイムをおえて下山開始
左のピーク大山、そして右の最も高いピークが蛭ヶ岳
tanmaさん、私には見慣れた光景でも
小田原のもろーさんには新鮮な景色にうつったらしく
山座の同定に少し迷いが・・
冬の雪景色がさらに趣があって良いのですが
冬の高尾山でもご案内するようですかね・
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この後、山の話をしながら
何事もなく小仏バス停に

バス停では高尾駅行きバスの長蛇の列
ところが、最近に
高尾山口駅に温泉ができたことで
何と「高尾山口駅行き」のバスがあるではないですか。

私たちは、甲州街道にはいる前の駒木曽BSでおりて
この日開催のいちょう祭りの雰囲気でも
高尾駅までの間で楽しんでもらおうと思っていたので
空いている高尾山口駅行きのバスに乗車

このバス、高尾山口駅に車を駐車して
小仏バス停まで歩かれる登山者には便利ですね。

・・・・・

時は流れ~駒木曽で下車した私たちは
いちょう祭りの小仏関から
高尾駅まで・・・普段より数倍多い人込みを歩き
高尾駅に戻ってきました。

いつもなら、ここで解散ですが
元々、山を下りたら飲もうと申し合わせていた私達!!

その射程に入ったお店が
「あさかわ食堂」
以前、奥多摩の怪人booさんと飲んだお店
再訪の機会を狙っておりました。
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そして、景信山に引き続き
幸運なことに
歴史を感じさせる暖簾をくぐると
ひとテーブル空いていました。

このお店、土日は午後2時からの営業開始で
他のお客さんは並んで入店を待っていたそうなんですが
奇跡的なタイミングで席を得ることができました。
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車利用のtanmaさんはコーラーで
私は、生ビールから
もろーさんは、
いきなりの信州にごり酒「藤村」でスタート。
(私も、この後で藤村に切り替え)

美味しい一品料理の数々とお酒で
約2時間近くお邪魔しました。

お隣のテーブルのみなさんに教えて頂いた
あじフライが
本場小田原のもろーさんも絶品の味

メニューも豊富です、

人気のお店で席が少なく席の確保は難しいかもしれませんが
お勧めのお店です。
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気が付くと・・周囲は薄暗くなり
またの山歩きを誓いあい
高尾駅でみなさんとお別れしました。

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